私の文章の書き方
私は基本的に、昔から文章を書くのが大好きです♡
でも、私が書く文章は、[私なりの基本的なルールが有ります]が、今までは、[私の手紙や,私からのメールを受け取った事が有る人ぐらいにしか、私が書く文章には、私なりのルールが有るんだな・・・との認識を持ってくれる人は、今までは存在してません」でした。
でも今回、私が自分のブログを自分で書く機会に恵まれたので、「私のブログを読む方々に向けて、私が文章を書く時の基本的な考え方」を、伝えようと思います。
私が生まれて初めて、自分の手で、自分で手紙を書かなければならない状況に見舞われた時、当時の私は、一体どうやって、どんな内容の文章を、誰に向けて書けば良いのか、当時の私は全く解りませんでした。
でも、当時の我が家では、母親がとても文章を書くのが大好きだったので、当時の母親は、私に、基本的な手紙の書き方を、私に教えてくれました。
でも当時の私は、色々な物事を覚えるのが、とても苦手で、当時の私は良く、私に対して色々な事を教えて下さる方々を、怒らせてしまっていました。
理由は、覚える気は有っても、教えられている事自体が、なかなか私の頭の中に入って来なかったり、教えられている内容自体が理解出来ていなかったり、何故この人は、そんな事を言うのだろう・・・と、その人に教えられている内容に関しての,目的自体が意味不明だったり、教えている側の説明不足だったりと、とにかく、色々な理由で、子供の私は、なかなか色々な事が覚えられませんでした。
その為、私は、自分が初めて文章を書かなければならない状況に立たされて、当時の私は、とても苦労しました。
その時、当時の私が当時の母親から言われた事は、
母親「絵里、自分が書いた手紙は、自分以外の人に読んでもらう為に書くんだから、きちんと、解りやすく、読みやすい文字で、丁寧に書かなきゃ駄目よ」と、言うものでした。
でも、いくら解りやすく、丁寧に、読みやすい文字で書いたとしても、文章の内容がちぐはぐだったり、嘘だらけでは、他人に伝えたい事が、正確に伝わる事はあり得ません。
その為、手紙を書く練習をしていた当時の私は、
母親「絵里、いくら読みやすく、丁寧に書いたとしても、自分が全然理解出来ていなかったり、文章の内容がちぐはぐな文章では、いくら身内の人でも、まともに読んでくれないわよ。」と言われました。
ですので、当時の私は、必死に、書き直しました。
でも、私のする事は、いつも、一度で、私を教えてくれる人が満足出来る様な結果にはならないので、当時の私はいつも、私を教えてくれる人を怒らせてしまったり、呆れさせたりしてしまっていました。
その為、私はいつも、泣いたり、怒ったり、拗ねたり、ふてくされたり、自己嫌悪をしたり、後悔したりしながら生きていました。
だから私はいつも、文章を書く時は、書く内容によっては、本当に、悪戦苦闘をしてしまう事も有ります。
そんな中で私は、私が誰かに対して文章を書く時は、「みんな、その人なりの基本的ルールが存在する事」を、認識しました。
つまり、「誰かが、誰かに手紙を書きたくなる時は、手紙を書くその人が、手紙を渡したい相手に対して、何か、言いたい事や、伝えたい事が有るから、手紙を書くんだ」と、その時、解りました。
その為、「手紙を読んでくれる人が、喜んで読んでくれる様な内容でなくては、いくら私が必死になって書いた手紙でも、たとえ、それが身内であったとしても、読んでもらえない事が有るんだ」と、当時の私は、「母方の身内からのアドバイスを基に、手紙を書くための、基本的ルールに組み込んで」いきました。
そして、私が一生懸命に書いた手紙を読んで、いい文章だったとか、とても良く出来た文章だったとか言われた時は、とても嬉しかったです♡
そして多分、この時の喜びが、私が書きたい事や、誰かに対して伝えたい事が有ると、文章にして伝えたくなるのは、この時の体験談が、私に文章にを書かせる意欲に繋がっているんだと思います。
そして更に、私には、「私なりの文章を書く時のルールが存在」します。
それは、「4歳下の妹に、お勉強を教えなければならなくなった時に、私が感じた事と、子供の私自身があまりの物覚えの悪さが原因で生まれたルール」です。
それは、当時の妹は、当時の私より、更に色々な事を知らない為、当時の我が家での生活環境では、両親か、当時の私が妹に家の中で、色々な事を覚えてもらうには、どちらかが教えるしか有りませんでした。
その為、私が学校に通う年齢になると、妹にも、お勉強を教える必要性が出て来る年齢が来ます。
私が小学1年生の頃は、妹は2歳なので、まだ落書き程度の文章でも許されますが、問題は妹が小学校に通う様になる年齢の、準備期間の頃の事です。
この頃の私は、
母親「絵里、そろそろ泉も学校に通う年齢になるから、絵里、泉にお勉強を教えてやってね。」と言われた事です。
当時の私は、自分自身でもお勉強をしなければなりませんでしたが、自分の妹が少しでも早く、私とまともにお話ししたり、一緒にお勉強をしたり、一緒に出掛けたりしたかったので、妹がお勉強をする年齢になった事に対しては喜んでいましたが、でも、冷静に考えてみれば、この頃辺りから、妹に関する苦労の始まりだった気がします。
当時の妹は、自分が興味が有る事や、自分が知りたい事、自分が好きな事、自分が体験してみたい事に関しては、積極的に話に乗って来てくれますが、自分が興味が無い事や、知りたく無い事、嫌な思いをした事に関する話になると、途端に、拒否反応を起こし、実際問題、とてもじゃないけど、お勉強どころじゃ無くなった事も珍しく有りませんでした。
その為、当時の私は、当時の妹に対して、「どうやって、泉に解りやすく、泉が興味を引くような教え方が出来るか・・・」を、真剣に考えました。
でも、「たかだか10歳児の私に、理想的な勉強法など有る筈も無く、当時の私は本当に苦労しました。」
でも、「その時の経験談と、子供の頃の私が経験した、物覚えの悪さが原因で、今の私が文章を書く時の基本的ルールに組み込まれて」います。
すなわち、「子供の頃の私の様に、物覚えの悪い子や、自分より年下の、知識がほとんど無い子供が相手でも、解りやすく理解出来る様な説明と、文章にする!」と言う、「私独自のルール」が、出来ました。
その為、私のフェイスブックや、私からのメールには、絵文字がたくさん、入っています。
でも、私が手書きで書いた手紙の方は、フェイスブックや、私からのメール内容ほど、絵文字は入っていません。
何故なら私は、「絵を描くこと自体は大好きなのですが、絵を描くのがとても苦手で、私レベルでも書ける程度の絵しか、描かないから」です。
その為、「私からの手書きの手紙の内容には、絵がほとんど入っていないか、私でも書ける程度の、レベルの低い絵」しか、入っていません。
その為、「私よりとても賢い方々から見れば、私のフェイスブックの文章や、私からのメールの文章は、とてもつまらなかったり、とても子供っぽい文章にしか、見えない」でしょうね・・・。
つい最近、ある方に指摘されたばかりだし、そんな事、わざわざ他人様(ひとさま)(から指摘されなくても、わざわざ言われなくても、現在の私(いまのわたし)は、既に自覚しています。
でも、「私が文章を書く時の、基本的ルールの中に組み込まれている」ので、「私より賢い方々に向けて書く文章を対象にしない限り、止めるわけには行きません。」
ですので、「私よりも賢い方々に向けての文章を書く時で無い限り、私は、私自身が作った私が文章を書く時の基本的ルールに従って」、書いて行きます♡
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